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なぜモンゴル?

「何で、Mongoliaなの?」とよく聞かれます
 何故でしょうか。分かりませんがご縁でしょうか。

初めてモンゴルに行ったのは2016年の5月
元JICAでモンゴルの法律整備に携わっていた友人からの
誘いで、正直、仕方なく数人で行き、モンゴル式マッサージを
習得してきました。

2度目は買い付けと輸入のために。
現地についたものの、通訳とも連絡つかず途方に暮れた時、出会ったのが
15歳から日本で暮らし通訳をしていた27歳のマンドゥールさん。
お互いに連絡が付いていない事情を分からないまま、たどり着いた人でした。

実は空港の出迎えゲートにも来ていたと、その時初めて知り、びっくり。
私は、誰も来ないと思っていたため、タクシーでホテルへ向かいました。
この時、どうしてもアイスカフェオ・レが飲みたくて、モンゴル語しか話せない
運転手さんに「アイスカフェ・オ・レが飲みたい」と日本語で頼みました。
運転手さんは誰かに電話したりして、何とか、カフェに連れて行ってくれました。
「親切な国だなぁ」と感じた事が印象に残りました。

モンゴル語と英語オンリーのホテルに着き、また困った。。。
フロントでモンゴル語の単語を駆使していたら、マルガットホテルの
スタッフさん(ゾラさん)が
通訳アプリをダウンロードして何とかなりました。皆さん親切でした。

その翌日午後連絡のついたマンドゥールと落ち合い何とかミッション完了の2回目。

2017年3回目の渡航。
訳あって外に出られなくなってしまった私は、治療のためモンゴルへ32日間。
2回目にお世話になったマルガットホテルへ再度宿泊。
相変わらず挨拶位しか分からない私でしたが、ホテルの皆さんもとても親切で
歓迎会や送別会を開いてくれたり、記念撮影をしたり、冷蔵庫が欲しいと頼むと
用意してくれたり、行きたい場所まで徒歩で一緒に案内してくれたり。

道端で声をかけて道を聞いた人達も全員教えてくれました。100%の人が
その場所までついて案内してくれました。

全員、お礼のチップはいらないと言われました。
その親切さには驚かされました。一人で歩くのは危ないと言われています。
確かに危なそうな方々もいます。ですが、出会った人たちは皆親切で優しく
言葉はお互い分からないものの、私の方言を理解しようと努力してくれて
感激、感謝したことは渡航の大きな理由の一つです。
そこへ病院の薬を持ってきたのが当スタッフ陣。

マンドゥールとは仲良くなり、信頼できる正義感と責任感の強い、日本の
考え方が大好きな人で、蟹江店にも友人と2人で仕事を兼ね遊びに来て
くれました。
そこで4回目が発生することになります。
まだ体調がすぐれない状態でしたが、引きこもりの中学生の話をしたところ
モンゴルに来て、社会復帰した子供達の話を聞きました。

そして4回目2018年11月、知り合いの中学生の保護者代理としてモンゴルの
遊牧民さんの一族の所にお世話になるべく、渡航。1か月近いプログラムでしたが
彼は帰国後、1週間で元の学校生活に復帰し、何もなかったかのように
普通の暮らしに戻ることができました。この時の世話役もマンドゥールと
友人のダワーさんです。

正直、生活するには不便極まりなく、11月でもマイナス20度、乾燥している上
私の口にはモンゴル料理は。。。
日本の物は少なく、高価。日本で買うより4倍~5倍します。

しかし、まだ状態が改善しない上、被害が重なるばかり。

元々、名古屋場所の際には朝青龍や朝赤龍などの担当をさせて頂くなど
過去からモンゴルの方とはご縁があったのでしょう。

そして7月から5回目の渡航へ。
これから先の事も見据えたうえで、主人の勧めもあり急ですが、モンゴルへ1年
行くこととしました。
モンゴルへ行って仕事をしながら、(これから探すのですが)
仕事を作り出し、年を重ねても、結婚出産しても働ける会社作りのベースを
創ってきたいと思います。

子供と離れる事など心痛い事は多々ありますが、皆様のご理解、ご支援
変わらぬご愛顧のほどを宜しくお願い申し上げます。

               令和元年7月1日  北島 奈穂子